自分の性格タイプを何であると認識するか所謂自認が転々とするケースは多くそれは自認コロコロと云う可愛い術語で呼び慣らわされているほどである。私はそのテーマに就て既に
hyoutau.hatenablog.com
“ 全ての性格タイプの人々は全て人であると云う点では共通している要するに皆同じ人間全ての性格タイプなのである ”
hyoutau.hatenablog.com
“ https://x.com/hyoutau/status/1950152639624466546
人間誰でも多かれ少なかれ全ての性格タイプの要素を備えていますので
自分にはこんなあんな面があるということに捉われていては
タイプ分けは出来ません ”
を書いているが更に「エニアグラムは類型(タイプ)論である」と云うことを論の中心にして述べてみようと思う。
web.archive.org
は
hyoutau.hatenablog.com
で引用した記事であるが
“特性論 後天的に身に着けたパーソナリティに〜相対的〜行動〜データ〜その結果から理論を〜誰もがもっている特性が〜行動にどれくらい反映されているか〜数値で比較〜度が高い」というように量や程度の差によって相対的に見分ける”
“類型論 先天的なキャラクターに〜絶対的〜それぞれが質的に固有のものであるという前提のもと、カテゴリーに分類〜類型論でも行動を観察してデータを取りますが、理論や前提が出発点としてあります〜それぞれ質が異なるので〜度が高い」といった表現はできません”
“類型論〜デメリット〜理論背景を知らないと表面的な解釈になる〜よく類型論のデメリットで「細かい個人差を見落とす」という指摘があるけど、理論背景を知らずに特性論の見方で解釈しているのが原因”
“学校や会社の生活が長いと特性論の考えが染み込んでいるので、最初は頭のスイッチを切り替える意識が必要”
ビッグファイブ(Big Five Personality Traits) は 開放性(Openness) 誠実性(Conscientiousness) 外向性(Extraversion) 協調性(Agreeableness) 神経症的傾向(Neuroticism) の5つの特性(因子)を見る特性論で現在性格を扱うならこれが主流となっている。学業成績に就ての所謂偏差値も特性論的な評価法であろう。
“学校や会社の生活が長いと特性論の考えが染み込んで”となる所以である。そのため“理論背景を知らないと表面的な解釈になる”。それはエニアグラムは理論の型としては類型論であると云う背景を前提とせずエニアグラムの各性格タイプの表面的解釈から或いは一面を切り取って自分にそれが当てはまるのでそれが自分の性格タイプであろうと云った解釈になる。しかしそれでは性格タイプが一(イツ)に定まる筈がない。例えばタイプ7は基本的に楽しく明るくの人ではあるとしても必ずしも彼の人自身が自分をそうであると思っているわけではなくまた彼の人達も真面目に努力する時もありその一面とタイプ1の努力家である一面を対応させ自分はタイプ1とその逆にタイプ1が統合の方向に移行して
hyoutau.hatenablog.com
タイプ7的になっているのを自分はタイプ7としてしまうなど性格タイプと人は共に多面的なのでその対応の成立の可能性は事実上無限であり一に定まりようがない。
エニアグラムの性格タイプが“それぞれが質的に固有のもの〜カテゴリー”であるとはどう云うことか。
hyoutau.hatenablog.com
ドン・リチャード・リソ+ラス・ハドソン 著 橋村令助 訳
『性格のタイプ 自己発見のためのエニアグラム』
〈 第三部 〉
〈 第13章 上級者のための指針 〉
〈 発達の諸段階 〉
549頁 “それぞれの性格タイプは、さまざまな特性の勝手な集合体ではなく、相互に関連する多くの属性から成る内部構造を持つ動的な統一体〜それぞれのタイプの内部には、非常に多くの内的な一貫性があり、その一貫性は、人間が怖れと欲求、不安、防衛機制などに反応して〈発達の諸段階〉を上下に揺れ動くときに、さまざまな特性が互いに変形し合うことによって生まれる”
〈 Part III 〉
〈 Chapter 13 Advanced Guidelines 〉
〈 THE LEVELS OF DEVELOPMENT 〉
423頁 “Each personality type is not an arbitrary collection of traits but a dynamic whole having an internal structure with many interrelated parts.〜There is an enormous amount of internal coherence within each type, and that coherence is provided by the fact that traits metamorphose into each other as the person shifts up and down the Levels of Development in response to fears and desires, anxiety, and defense mechanisms. ”
“〈根源的怖れ〉から〈根源的欲求〉が生じ、そこが統合の方向・解放へか、或いは分裂の方向へ向かうかのターニングポイントで、上〈段階1〉の自己実現の方、或いは水平方向〈段階2〉心理的受容の段階の、A term(態度)の方へ向かうか。水平方向へ向かったならば、A term(態度)の次は、B term(行為)・“I am” terms その人の自己像、を導く、と云った具合に下の〈段階9〉まで、或いは上へ下へと性格タイプという統合体が変容する”
〈 補遺 〉
〈 発達の諸段階が意味するもの 〉
〈 表の配置 〉
616頁 “ここまで来れば、〈核となるエネルギー〉が螺旋構造をしていることがおわかりだろう。一つの怖れが一つの欲求を始動させて左側の内面の態度に導き、それが外面の行為となり、それがまた新しい怖れに立ち戻らせて次の〈段階〉に落とし、それを埋め合わせる。この全体像からおわかりのように、自我の発達、あるいは、分裂はすべて、この螺旋構造を上り下がりする動きとして考えることができる”
〈 Appendix 〉
〈 THE MEANING OF THE LEVELS OF DEVELOPMENT 〉
〈 The Layout 〉
474頁 “By now, you may well be able to observe the spiral structure of the Core Dynamics. A fear sets a desire in motion, leading left to internal attitudes, then to external behaviors, then back around to a new fear and down to the next Level to compensate for it. From this perspective, all ego development or disintegration can be seen as moving up or down this spiral structure. ”
“これは性格タイプの Ⅰ 健全1解放の段階から Ⅲ 不健全9病理的崩壊の段階までの状態の全局面を怖れと欲求に駆られてどのように移行するかの地図である〜自分は a 〜人間だと思っている。〈“I am” terms〉一つ上の段階の怖れ d がその下の段階の欲求 c を誘発しその人の内面は b となりそれが外面 a として現れる。自分が自分をこうだと思っている(= a、“I am” terms)その思いと実際の自分の在り方が違っていてそれが怖れ d を呼び起こしその怖れを解消しよういう欲求(一段階下の c )が生まれる”
エニアグラムの性格タイプは上引用の通り“相互に関連する多くの属性から成る内部構造を持つ動的な統一体”でそれは多くの属性があるとしても飽くまでも統一体で“質的に固有のもの”一つの“カテゴリー”なのである。
人々の多くは自分の性格タイプを知ろうとタイプ診断の設問に答えてみるわけであるが時期によって或いは他のタイプ診断で違う結果が出てしまう若しくは結果に納得出来ないなどなどそして自認コロコロ。
「あなたは明るい(優しいでも何でも良い)人ですね」と言われて「そうでもないんだけど」と思うような、人にはそう云ったところがあって、タイプ診断への答えがそのまま実態の反映とは行かない場合も多い。そしてエニアグラムの初めのテーマは自分 を見る に気づく こと
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ドン・リチャード・リソ & ラス・ハドソン
『新版 エニアグラム【基礎編】自分を知る9つのタイプ』
〈 第一部 内へと向かう旅 〉
〈 第三章 本質と性格 〉
〈 聖なる心理学 〉
54頁 “自分の性格タイプとそのダイナミックな働きを理解することが、無意識、そして自らの傷とその埋め合わせの実態に取り組み、最終的には癒しやこころの成長を可能にするうえでとくに効果的です ”
『The Wisdom Of The Enneagram』
〈 I THE INWARD JOURNEY 〉
〈 3 Essence and Personality 〉
〈 SACRED PSYCHOLOGY 〉
28頁 “Understanding our personality type and its dynamics, therefore, offers an especially potent approach to the unconscious, to our wounds and compensations, and ultimately, to our healing and transformation. ”
『エニアグラム【実践編】人生を変える9つのタイプ活用法』
〈 第一部 内へと向かう、さらなる旅 〉
〈 第一章 気づきを育てる 〉
〈 その瞬間の自分をキャッチする 〉
17頁 “もしエニアグラムという魂の地図から恩恵を得たいのであれば、気づき アウェアネス を育てなければなりません。善し悪しの判断を下したり、いい訳することなく、瞬間瞬間の自分にもっと目覚めることを学ぶのです。私たちは、性格の指図に従って行動する、「その瞬間の自分をキャッチする」ことを習得する必要があります。瞬間瞬間に、いかに自分が機械的かつ不自由に行動しているかをみるのです”
『The Wisdom Of The Enneagram』
〈 I THE INWARD JOURNEY 〉
〈 4 Cultivating Awareness 〉
〈 "CATCHING OURSELVES IN THE ACT" 〉
36頁 “If we want to benefit from this map of the soul, we must cultivate the art of awareness, learning to be more awake to our lives in each moment without judgment and without excuse. We must learn to "catch ourselves in the act" of behaving according to the dictates of our personality, seeing how we are manifesting mechanically and unfreely from moment to moment.”
なのであるがそれがそもそも出来ていなくてしかしタイプ診断を機能させるにはそれが前提になってしまうそのような矛盾に阻まれてしまうのである。ではどうすれば良いのか。簡単確実な妙案はなさそうではあるが
hyoutau.hatenablog.com
“他人が分からないということは自分が分からないということ、自分が分からないということは他人が分からないということ、他人が分かるということは自分が分かるということ、自分が分かるということは他人が分かるということ、という構造。つまり本当に自分が分かるには全部が分からなければならないということ。自分には何々という特徴があるという判断は多分完全に的外れだったりはしないはず、しかし他に The 何々という人達がいるかもしれずその場合は結局のところ何々は自分の特徴というほどのものではなかったということになってくる。それが分かるには他の人たちの実際はどうなのかと要するに全部と照らし合わせなければならない”
でもあるわけで
hyoutau.hatenablog.com
“この Structural Patterns は keynote で核心を一語で規定し発達の諸段階を辿り各性格タイプの全体像をコンパクトにまとめてあってその性格タイプが何であるかの概略を掴むのに打って付けであり私が特に気に入っている項目である”
や
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“発達の諸段階はドン・リチャード・リソのエニアグラムの核心でそれが凝縮されているダイアグラム”
の全体を頭に入れてみるなど各性格タイプを一としてそしてその総体を体系として捉えてみる中で自己認識を深めて行くのが王道であろう、今回の主題「エニアグラムは類型(タイプ)論である」を前提として理解することは勿論のこととして。
この記事を書くまでの苦闘の記録↓。ありとあらゆる角度から上で述べたことを説明してみても
hyoutau.hatenablog.com
“ 全く伝わらない! ”
と云う結果であった。エニアグラムは人 は違う には種類がある と説いていてそして
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“自分がエニアグラムタイプ4ウイング5であろうと云うことはごく初期の段階から明瞭に自覚できていた。それは初めてエニアグラムに接したのがもうパーソナリティがかなり固まった歳になってからで、またタイプ4と云う自分を見つめる傾向の性格タイプでその上に客観性のあるウイング5でもあったからかと”
私は上のような種類の人間であったわけで正に自認コロコロの人と私は違うと痛感させられたのであるが この↓長さが エニアグラム その入り口 自分が実際に無意識に何をしているのか を意識する 目覚める のは本当は大変難しいことなのかもしれないと云うことを実に分かり易く目にみえる形で表していると思う
*)その記録↓リンクから飛んで検討されるならエニアグラムのどこでどのように理解が止まってしまう可能性があるかが
https://x.com/hyoutau/status/1949442909369246108
他の性格タイプのほぼ全てに心当たりがという状況のようで
それは
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/16/191006
“ドン・リチャード・リソの『性格タイプの分析』の発達の諸段階(健全な状態・通常の状態・不健全な状態)、統合の方向・分裂の方向を良く良く考えてみると各々の性格タイプは事実上
午後9:13 · 2025年7月27日·169 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1949443032090361986
他の全ての性格タイプでもあると云わざるを得ない。様々な状態を動的に移行し他タイプへ統合し分裂する。全ての性格タイプの人々は全て人であると云う点では共通している要するに皆同じ人間全ての性格タイプなのである”
ということではないかと
ですから
このようなあのような性格タイプの要素もある
https://x.com/hyoutau/status/1949443192891560197
というのでは
性格タイプを一つに決めることは出来ませんね
https://x.com/hyoutau/status/1949807485365137815
類型(タイプ)というのは
何か事柄を反映するというより
午後9:21 · 2025年7月28日·204件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1949807622364033084
も
それ自身が体系になっていて
それは論理で規定されています
有か無か
肯定か否定か
普遍、特殊、個別か
ある特性がこのぐらいあるというのではなくて
そうであるかないか
ですから類型においては
このような実態があのようなそれがというアプローチではなくて
その体系の、実態からでなくて、どこ
https://x.com/hyoutau/status/1949807799460040860
の位置だろうか
と考えて行くことになります
https://x.com/hyoutau/status/1950176612357407102
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2024/03/26/234706
ドン・リチャード・リソ&ラス・ハドソン『性格のタイプ増補改訂版』〈補遺 発達の諸段階が意味するもの〉のダイアグラム
これは性格タイプがどの様な動力で多様に現象するかを一枚の図にまとめてあるもので
自分は色々な面があってどの性格タイプか分からないという時に
午後9:48 · 2025年7月29日·412件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1950177094530421149
認識を拡散させず一つの性格タイプに収斂して行くのに役立つかもしれません
根源的怖れ、根源的欲求、“I am” terms その人の自己像
は
その図の核心的タームをピックアップしたものです
タイプ5ならば一応ブログにタームは全て書いてありますが
やはり図の方が分かり易いので
https://x.com/hyoutau/status/1950177370637254806
英語になりますがpdfをダウンロード出来ますのでそれで見てみると良いと思います
https://pdfroom.com/books/personality-types-using-the-enneagram-for-self-discovery/bLvgB6mygDw
https://x.com/hyoutau/status/1950514167427072132
エニアグラムの性格タイプをタームを範疇・反省規定・概念のように
あるかないか、ゼロか一か、氷か水か水蒸気か、
本質か仮象か、内か外か、偶然か必然か
普遍・特殊・個別か、目的・手段・実現した目的か、直接性か媒介か媒介が止揚され直接性に帰ったのか
それぞれのタームをその内包(それが何であ
午後8:09 · 2025年7月30日·76件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1950514345659752629
るか)外延(それの実際にあるものがどれであるか)が明晰(明らか)判明(その明らかな事柄のみである)に規定されているものとしてその適応を厳密に行えば
つまり例えばBasic Fearは一人に一つ
性格タイプは一つに定まるでしょうし
そうしなければ当然そうはならないでしょう
https://x.com/hyoutau/status/1950515072301973856
人は普段は範疇・反省規定・概念で論理的に考えて生活してはいませんので
エニアグラムの性格タイプの確定は
通常の感覚では不自然に思
午後8:13 · 2025年7月30日·71件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1950515207211794452
えてしまうような
それはハッキリとした割り切りといったものになってくるのでは
そうですね例えば今我々に・のいる場で自然科学の法則が完璧に貫徹されているのだと
それを実感している人など稀でしょう
しかしそれはその感覚に関わらず確かにその通りになっていますね
エニアグラムをそのようなもの
https://x.com/hyoutau/status/1950515391685611795
として扱えば決まってくるでしょうし
そうしなければ決まってこないでしょうし
https://x.com/hyoutau/status/1950515927898103914
エニアグラムは“一つ”の体系ですから
部分だけでは意味をなしません
それは統合されている単一性
部分はその統体性に止揚された契機としてあるのであって
そして人も“一つ”の有機体で
それら相互をその部分をここは当てはまるかも当てはまらないかも
だからあのタイプではないのではないか
午後8:16 · 2025年7月30日·127件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1950516113747411281
このタイプなのではないかとは行きませんね
それぞれを一つのまとまったものとして比べないと
同じメーカーの車ならば
セダンとミニバンで同じ部品が使われていることもあるでしょうが
それらは違う車種となりますね
https://x.com/hyoutau/status/1950905837830160744
“5と6の共通〜自信のなさ”
タイプ5と6は別に自信のない人というわけではなく
午後10:06 · 2025年7月31日·99件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1950905985599504834
彼らが自信を持っている場合もあります
それらの性格タイプ呼び名は
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2023/12/02/215518
タイプ6 信頼を求める人・忠実な人・安心安全を求める人
情緒的反応の、自信のない、人ではない
タイプ5 観察する人・考える人・冷静で思慮深い人
自信のない人、ではない
https://x.com/hyoutau/status/1950906180106133779
そのことからもそれらがその性格タイプの核心的規定ではないことが分かりますね
性格タイプを、人の部分的な或いは恒常的でない一面をではなく、それを一つのまとまりとして見ないと
タイプ5と6の部分的一時的な一面の共通性を以って性格タイプをごっちゃにしていては
そのような共通性は全ての
https://x.com/hyoutau/status/1950906314017660958
性格タイプにありますので
それでは性格タイプを捉えることは論理的に無理であることは分かりますよね
https://x.com/hyoutau/status/1954509849829724665
あくまでも全体としてその人がどういう人かということなので
人が変わったよう、と言いはしますが
午後8:47 · 2025年8月10日·65 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1954509930905391258
実際にはそんなことはなく
その人はその人
三つ子の魂百まで、なわけでして
アジサイ @tsuyunoyohira さんご自身も
自分は自分と、やはりそう思うでしょう
https://x.com/hyoutau/status/1954536222187291066
そうですね
アジサイ @tsuyunoyohira さんが
自分の性格タイプはやはりエニアグラムタイプ5だと
その前にはタイプ6だと
そう思っていたとして
アジサイさんはその度に別人になっている
なっていたのでしょうか
それを考えてみてくださいよ
https://x.com/hyoutau/status/1954669950423249188
“別人になっているというより〜理解が”
そこですよ
アジサイ @tsuyunoyohira さんには色々な面がありますが
確かに一人のまとまった存在であるわけで
ブレいるのは理解の方でしょう
https://x.com/hyoutau/status/1954670597696520251
ドン・リチャード・リソのエニアグラムの性格タイプは論理的なカテゴリーの束のような
動的なパターンのようなものです
ある決まった変形の仕方をする動的な型です
ですから何々タイプだからこうというのは扱い方とし少し違いまして
午前7:26 · 2025年8月11日·77件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1954670883337052180
この人はこうだった
この人にはこんなところがある
この人ならこうするのでは
それが先ず第一なわけです
それに補助線を引く感じですよ
性格タイプに照らし合わせてその人を見ると
その人観が整理されるといいますか
まあ補助線です
対象は性格タイプではなくて何といってもその人なわけです
https://x.com/hyoutau/status/1954671159871697246
青い空
それは青だから何々だ
ではなくて
その空そのもの
それは青に尽きるものではないでしょうに
https://x.com/hyoutau/status/1955241451245461527
“遊離型〜積極的なコミュニケーションはしないし他人からコミュニケーションされる機会もあまりない”
それに関してはここ
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/11/222152
で触れました。
私の考えは、人の物事に対応する仕方の傾向・癖、「存在」感覚的反射的、「人」社会規範に照らして、「観念」観念の世界から、
午後9:14 · 2025年8月12日·87 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1955241652811157740
これが人の在り方の一番見え易い違いだというものです。
私の考えでは、遊離は「観念」ということになります。それは“他人〜コミュニケーション”のあるなしというよりも直接接しているのが観念であるということです。
「存在」の場合は直接外界に接していて直ぐにそれに反応するのですが、
https://x.com/hyoutau/status/1955241809720070479
「観念」の場合は外界が「観念」のタイプの人の中に形成されている観念的な世界に位置づけられて、というか吸い込まれてしまって、直接的な実際にある事柄に対してではなくて、その観念世界の事柄に対して反応するという感じです。
「人」の反応様式は、人間社会には、それをしてはいけない、
https://x.com/hyoutau/status/1955242097138974838
それをしなければいけない、というのがありますね。子供が親に怒られるとか勉強しなさいとか。職場では、これをやっちゃうとヤバいとか、当然働かなくてはならないとか。それから社会全体として見ると法律もあります。「人」種の場合その側面が対応する時の一番の決定要因になるのです。
https://x.com/hyoutau/status/1955242252357472277
「存在」好き嫌い、「人」善悪、「観念」真偽、自然に無意識にどの側面から反応するというのに癖があるのですよ。
もちろん人は皆それら全て側面にそれなりに対処していて純粋に一面だけというわけではなくて主導しているのがどの面かということです。
例えば「人」種の場合別に誰かに見られたとか
https://x.com/hyoutau/status/1955242428920893932
咎められたとかではないのに悪いことをしてしまったとずっと気に病んでしまったりすることも、「存在」の人の場合はバレなくてラッキーとか、そしてすぐに忘れてしまったり。
この例もまあ誇張してはいますが、あくまでもそういう傾向があるということです。
https://x.com/hyoutau/status/1955592073643687963
「“1人の時間”とは〜?〜必要/不要〜必要。不要と思ったことが無い。理由は無い。寧ろ人と過ごす時間に理由がいる」
「彼らは一人がデフォ」とは
「不要と思ったことが無い 理由は無い」
正にこれですよ
「人と話したあとは、心が満たされた感を感じることがあるから、ISTP9w8の人ほど人間嫌いでは」
午後8:27 · 2025年8月13日·67 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1955592376531226896
「人間嫌い」といいますか
「直接接しているのが観念である〜「観念」のタイプの人の中に形成されている観念的な世界」
これです。
私も“観念”Awayタイプで私のポストは
アジサイ @tsuyunoyohira さんという話し相手がいなくても成立するようなものになっているでしょう。その訳はこれは現実世界での
https://x.com/hyoutau/status/1955592725358907539
アジサイ @tsuyunoyohira さんとの会話ではあるのですが実はむしろ一まとまりの観念、観念世界に形成された、だからです。
「本を読んで学ぶ時間を確保する」
といいますか確保するも何もそもそも住んでいるのが観念世界なのです。
それに対してアジサイさんのポストは普通の会話になっていますね。
https://x.com/hyoutau/status/1955593073473544240
“観念”Awayタイプは普通ではないといいますかまあ実はそこにはいないんですよ。
アジサイ @tsuyunoyohira さんは我々“観念”Awayタイプよりマトモなので“観念”が強くはあっても本拠地は“人”でTowardタイプなのかもしれませんね。
https://x.com/hyoutau/status/1955593282916147322
「人と話したあとは、心が満たされ」「人に受けいられることはないだろうから、遊離」
う〜ん“観念”Awayタイプは現世から遊離したところがホームポジションなんですよ。「人間嫌い」なのではなくてそもそも生の人間とは本当は接していない、「人と話したあとは、心が満たされ」ないこともありませんが
https://x.com/hyoutau/status/1955594231520903219
それも生の相手と分かり合えたというよりも自分の観念の中で納得がいったという感じかもしれません。
https://x.com/hyoutau/status/1955946639828640183
アジサイ @tsuyunoyohira さんは本拠地が“観念”というわけではないにしてもそれがかなり強いので難しくなっているのではないでしょうか。
その人が本当はどんな人かなんて簡単には分かりませんよね。普通は人と接するのも表面的にでしかないですし、ここは性格タイプの世界なのでちょっと違いますが。
午後7:56 · 2025年8月14日·39 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1955946789976334845
何かの機会が訪れて、人の真の在方に触れて、この人は自分とは全然違うとか、本当にそっくりだとか、感じて、その中でようやく自己の客観的な実態を掴む手掛かりを得ることができるでしょう。そのような他者との関係なしに唯自分だけを見ていてはその認識の客観性は不十分になってしまうかもしれません
https://x.com/hyoutau/status/1955946920993808782
この“クラシック音楽とか歴史の本などが好きだから、僕自身も遊離型だと思って”という認識は全然正しくなかったというのではなくて確かに遊離型「的」ではあったわけでしょう、ただ「観念」Awayタイプがアジサイ @tsuyunoyohira さんが思っていたよりもさらにAwayだったというだけのことで。
https://x.com/hyoutau/status/1955947101415989366
“〜を持ち合わせているわけではないから”につきましては発達の諸段階
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/17/061401
を考えないといけません。ある性格タイプが何々という風に現象するのは特定の発達の段階という場合が殆どですからある特定の何々を持ち合わせているわけではないことが即ちある性格タイプではない
とはなりません。
https://x.com/hyoutau/status/1955947283100655704
“自認を決める”、そのことですが、“その人が本当はどんな〜”と上で書きましたが、実はそれは、良く良く考えてみると、他人が分からないということは自分が分からないということ、自分が分からないということは他人が分からないということ、他人が分るということは〜、
https://x.com/hyoutau/status/1955947411228254395
という構造になっていますよ。つまり本当に自分が分かるには全部が分からなければならないということです。自分には何々という特徴があるという判断は多分完全に的外れだったりはしないはずですがしかし他にThe何々という人達がいるかもしれずその場合は結局のところ何々は自分の特徴というほどのもの
https://x.com/hyoutau/status/1955947574227296342
ではなかったのだということになってくるでしょう。それが分るには他の人たちの実際はどうなのかと要するに全部と照らし合わせなければなりませんね。
https://x.com/hyoutau/status/1956300651459149992
「タイプ6の美徳である勇気」ではまだ大雑把
ある性格タイプ全体の内の特定の発達の段階
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/17/061401
の一面としての「勇気」です
午後7:23 · 2025年8月15日·67 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1956693292239954025
繰り返しになりますが“6のいいところ”それでは大雑把
ある性格タイプ“全体”の内の特定の発達の段階
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/17/061401
の“一面”としての“勇気”です
ドン・リチャード・リソ『性格タイプの分析』
75頁
“最高の状態 自分に確信を持ち、自己を信頼し、独立的でありながらも対等の関係で共生的に
https://x.com/hyoutau/status/1956693584398487904
お互いに依存する。自己に対する信頼は、積極的態度につながると同時に、勇気や指導力や豊かな創造性や自己表現となって現れる”
https://x.com/hyoutau/status/1956693701964816448
発達の諸段階の「最高の状態」
「非常に苦心して身につけたもの」
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2024/09/21/120923
78頁
“固有の長所 勇気。健全なタイプ6の勇気は非常に苦心して身につけたもので、不安と恐れを抱くという常に変わらぬ性向に逆らって獲得したものである。勇敢なときのタイプ6は「闘士」になり、
https://x.com/hyoutau/status/1956693761502646543
打ちのめされても必ず立ちあがって再び挑戦する。自己確認が勇気の基盤である。これは、他人ばかりではなく自分自身と自分の真の能力を信じられるということである”
https://x.com/hyoutau/status/1957045880189833405
現状のアジサイ @tsuyunoyohira さんがそこまで不健全とも思えませんが
“緊張しやすい、不安になりがち、自分に自信がない“
をそのままダイアグラムに当てはめますと
Ⅲ 不健全 7侵害の段階
辺りになるでしょう
午後8:44 · 2025年8月17日·38 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1957046014747222021
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2024/03/26/234706
a行為(外面)べったり依存する 基準に完全に合わす 臆病 自己卑下 自己懲罰 「悪い仲間」 当てにならない 信用できない・b態度(内面・構造)うろたえる 服従する 劣等感 無力だと感じる 意気消沈した 感情に乏しい 嗜虐的 無遠慮・c欲求 より力のある味方の保護を
https://x.com/hyoutau/status/1957046161807925580
引き出したい(救出されるように)・d怖れ 他の人たちは自分が委ねていた安全をすべてぶち壊すのではないか
Ⅱ 通常 6過補償の段階
d怖れ 自分の行動が自分の安全を害してしまったのではないか、これによって、cより力のある味方の保護を引き出したい、という欲求が惹起され下の発達の段階に落ちた、
https://x.com/hyoutau/status/1957046331039776928
そのd自分の行動が自分の安全を害して〜、という怖れを乗り越えるのが統合の方向で、d他の人たちは自分が委ねていた安全を〜、という怖れの罠に嵌るのが分裂の方向
https://x.com/hyoutau/status/1958864170881098090
「僕は人とわいわいするタイプではないから遊離型かなと」
につきましては
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1955767408049971652
「僕もクラシック音楽とか歴史の本などが好きだから、僕自身も遊離型だと思っていましたけど、本当の遊離型はもっと」
午後9:09 · 2025年8月22日·64 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1958864418600865968
とご自分は“本当の遊離型“ではないよう
と判断されたのでは
https://x.com/hyoutau/status/1958866143982317935
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1832722261348086030
「タイプ9 慣れ親しんだパターンを保とうとする」
午後9:17 · 2025年8月22日·82 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1958866362438418737
一面・部分(例えば、慣れ親しんだパターンを保とうとする)と
性格タイプ(タイプ9)という一つの体系・全体を直結している
その「習慣的パターン〜傾向性」をそのままにしていては
永遠に性格タイプに辿り着けないでしょう
順序を逆にして
性格タイプ(例えば、タイプ9)を一つの全体として掴む
https://x.com/hyoutau/status/1958866573042823255
ようにして
一面・部分(慣れ親しんだパターンを保とうとする)をそこに位置付けるようにしないと
ざっと挙げてみますが
*下)↓
は全てその同じ「習慣的パターン〜傾向性」を呈しています
タイプ6は「不安感を感じやすい」一面もありますが
「不安感を感じやすい」ならばタイプ6ではありません
https://x.com/hyoutau/status/1958866718589427897
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1834198069967237563
T6 不安感を感じやすい 人に対して安心・安全感を与えるタイプではない
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1836335772129202565
T9は平穏を選ぶ
不安を避けるために平穏を選びがちだからT9
不安を避ける T6
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1836367726748799040
T8 冒険者の気質
https://x.com/hyoutau/status/1958866846163378321
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1836668638582960272
安全な場所にいたいのでテリトリーを守るタイプ5
自己嫌悪的な自信のなさ タイプ6
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1838883476889796701
T6の特徴 この先も生存権は保障されるのだろうかとか社会に対するアウトサイダー的な感覚
https://x.com/hyoutau/status/1958866999771373935
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1838884342111916441
T5 真実の知識を求めて、歴史の本とか科学の本をたくさん読む
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1841785773169033675
子供時代のエピソード 将来の夢が特になかったり、偏差値の高い学校を目指す気はなかったり T9
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1884917795189825694
タイプ5の世界に居場所を見つけられないということと
タイプ4のアイデンティティが確立できない
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1890321946069598567
自分には特別な才能がなく、社会の最後方に位置している感覚を持っている タイプ9
https://x.com/hyoutau/status/1958867304168792249
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1891407168093470949
劣等感にさいなまれると4を
閉じこもりたくなると5を
自分自身が平穏でありたい9
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1931680775923229152
気楽に生きたい 自己保存タイプ9
https://x.com/hyoutau/status/1958867467821850840
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1936018104230068563
エニアグラムのタイプ9 達観
他人が敵対勢力や自分を脅かす存在と感じやすいので自認を6w5に
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1949747189175169175
共同体に尽くすという精神に乏しくて、実は6も違うかも
https://x.com/hyoutau/status/1958867970123583866
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1949747189175169175
人間との関わり方は、自分が物理的に安全な状態なのが必須なので、そこは6的
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1949748494492987497
6のように取り越し苦労をすること
何か課題がある時は、自分だけで考えて解決しようとするから
6によくある、内なる声が云々
( 内なる声 超自我かと )
https://x.com/hyoutau/status/1958868093544845732
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1949749538702668174
何らかの得意分野とか専門分野というのを持ってないので、5に典型的に当てはまるわけでもない
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1949966784703922405
6の人間、人間関係への恐れ 5の内面の頭の世界で生きている
https://x.com/hyoutau/status/1958868236130234750
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1950333200762310685
根源的恐れでいえば、6的な他人は敵なんじゃないかという恐れがあるから、5のように自分は安全圏に居ようとする
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1950696021664866783
典型的なタイプ6 強い情緒的反応を示す
5と6の共通の課題である自分の自信のなさ
https://x.com/hyoutau/status/1958868356041245038
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1951232204371272139
タイプ6の囚われの恐れ ひとりぼっちはみじめ
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1954498311798583574
タイプ5w6 誰とも電話番号の交換をしたことがないですし、ラインというアプリもやらないですし、自宅にいることが一番安心できるから
https://x.com/hyoutau/status/1958868500510122491
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1954499463814484168
歴史の本とかを読んで新しい知識の発見に喜びを感じるのが通常のライフスタイルなので タイプ5的
6の恐れとか不安
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1955536464890184169
9w8 人間嫌い
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1955538253207191654
タイプ5の要素 本を読んで学ぶ時間を確保する
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1955767408049971652
タイプ6の美徳 勇気
https://x.com/hyoutau/status/1958869230721352094
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1956257757893681242
タイプ9 平穏さ
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1956627764733415526
9的な温和さ、人を受け入れるところ、相手を和ませる雰囲気
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1956850093946237248
タイプ6 緊張しやすい、不安になりがち、自分に自信がない
タイプ9の寛容さ
*上)↑ から
この性格タイプがこうと記してある規定が確かにそのタイプのもので
https://x.com/hyoutau/status/1958870818727055867
あるといえるかどうか、またそれが明瞭なものであるか、という点も不確定でしょう
「習慣的パターン〜傾向性」
一面・部分と性格タイプという一つの体系・全体を直結
順序を逆に
性格タイプを一つの全体として掴むようにして
一面・部分をそこに位置付けるように
https://x.com/hyoutau/status/1964280121600143428
“6と5の間”
という性格タイプがあると
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/28/233021
『新版 エニアグラム【基礎編】自分を知る9つのタイプ』
『エニアグラム【実践編】人生を変える9つのタイプ活用法』
に書いてありますか?
あくまでも
エニアグラム タイプ5 であるか
タイプ6 であるか
午後7:50 · 2025年9月6日·77 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1964280727501230243
そのどちらかなのではないでしょうか
https://x.com/hyoutau/status/1973788524001571244
完全に反射的に
意識的にその作動をあるがままに見ることなく
直ぐ、“持ってい”ってしまっているでしょう
エニアグラムは人には九つの性格タイプがあると説いています
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1973709706750554249
“参政党の日本人ファースト〜怖い”
という性格のメカニズムの働きもあれば
それ以外の八つの種類のそれ
午前1:33 · 2025年10月3日·57 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1973788753434235030
もあるのだと
20250720日の第27回参議院議員選挙では
参政党は国民民主党と同数の
13議席も獲得したということは
参政党の日本人ファーストは当然だ良い自分もそう思う
という性格のメカニズムが多くの人々において働いたことを表しています
アジサイ @tsuyunoyohira さんの性格タイプは九つの内
https://x.com/hyoutau/status/1973788927053213963
の一つなのです
しかしそのようにある事柄について九種類の性格のメカニズムの働きがあることは
人がどうしても自分を前提に考えてしまうことから
自然にはなかなか認識できません
そこでエニアグラムです
人は自分とは違う自分は人とは違う
https://x.com/hyoutau/status/1997652712054268272
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1997561613839450122
“というのが僕に向いている”
https://x.com/tsuyunoyohira/status/1997572676156830103
“というの両方とも自分に当てはまる”
https://x.com/tenmouINTJ/status/1996202809726001471
高原雅之
@tenmouINTJ
タイプの説明についての記述を詳細に増やそうとすればするほど記述に該当しない人達が表れます。
タイプは全体の傾向を示すものに
午後10:01 · 2025年12月7日·63 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/1997652857927971121
過ぎず、個人差を加味しないので、タイプのみでその人の性格について網羅する事は出来ません。
類型について考察する上での大前提かなと
https://x.com/hyoutau/status/1997652971648155689
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/16/191006
『自分の性格タイプに迷うとは エニアグラムタイプ4ウイング5である私の考え』
ドン・リチャード・リソの『性格タイプの分析』の発達の諸段階(健全な状態・通常の状態・不健全な状態)、統合の方向・分裂の方向を良く良く考えてみると各々の性格タイプは
https://x.com/hyoutau/status/1997653119975514428
事実上他の全ての性格タイプでもあると云わざるを得ない。様々な状態を動的に移行し他タイプへ統合し分裂する。全ての性格タイプの人々は全て人であると云う点では共通している要するに皆同じ人間全ての性格タイプなのである
その性格タイプであるにも関わらず記述に該当しない逆にその性格タイプで
https://x.com/hyoutau/status/1997653313953628236
なくても人間として共通と云うことで当てはまる。性格タイプ その一面一部 発達の諸段階 統合の方向 分裂の方向 等を切り取って当て嵌まるのでそれが自分の性格タイプかもと云う方法では アジサイ @tsuyunoyohira さんの今までがそうであったように性格タイプを確定することは出来ませんと
https://x.com/hyoutau/status/2005604293760659595
そもそも類型(タイプ)というのは典型のことでそれで割り切るのが類型(タイプ)論でそこに当てはまりやすいもにくいも例外も
午後8:38 · 2025年12月29日·36 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/2005604400262447335
ありません。アジサイ @tsuyunoyohira さんも言葉を使われているのですからそれと同様なことを現に実践されています。言葉は典型しか扱えません。当てはまりやすいもにくいも例外もなくとにかく事柄を類型(タイプ)として 或る言葉 単語 として表現しているわけです。
https://x.com/hyoutau/status/2005604506164490547
ですからアジサイ @tsuyunoyohira さんも類型(タイプ)論を使えるはずです。
https://x.com/hyoutau/status/2006703036295688672
https://x.com/tsuyunoyohira/status/2006526829625225565
“自分では遊離型の要素を持っているように感じて”
https://x.com/tsuyunoyohira/status/2006527793430147369
“自分の世界に没頭する遊離型の性質を持っているように感じて”
午後9:24 · 2026年1月1日·58 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/2006703193812783193
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2022/06/11/222152
『人間の性格とは』
coping strategies 対処戦略
Moving Against People (Aggression)
Moving Toward People (Compliance)
Moving Away from People (Withdrawal)
https://x.com/hyoutau/status/2006703736618627500
Social Style The Hornevian Groups 社会的スタイル ホーナイによる分類
Against 自己主張的 自己主張型 主張型 387
Toward 協調的 従順型 621
Away 遊離的 遊離型 後退型 954
https://x.com/hyoutau/status/2006704758988697865
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2023/12/02/211400
“中嶋真澄『エニアグラム 性格と本質』”
“特性論は相対的な見方〜すべてに共通する要素の、量や程度の違いに重きを置きます〜数値で比較〜度が高い」というように量や程度の差によって相対的に見分けることが”
“類型論は絶対的な見方〜それぞれが質的に固有のものである
https://x.com/hyoutau/status/2006704922876850679
という前提のもと、カテゴリーに分類〜それぞれ質が異なるので〜度が高い」といった表現はできません〜よく類型論のデメリットで「細かい個人差を見落とす」という指摘があるけど、理論背景を知らずに特性論の見方で解釈しているのが原因”
https://x.com/hyoutau/status/2006704987737567376
“特性論の考えが染み込んで〜最初は頭のスイッチを切り替える意識が必要でした”
『特性論と類型論の違いとは?メリット・デメリットも解説』
https://web.archive.org/web/20230206095250/https://personal-step.com/tokuseiron-ruikeiron/
https://x.com/hyoutau/status/2006705298334167416
社会的スタイル ホーナイによる分類の Aggression Compliance Withdrawal の区分は 類型論的カテゴリー です。“要素を持っている”“性質を持っている”ということならば全ての類型に“人間として共通と云うことで当てはまる”のです。類型を“特性論の見方で解釈してい”てこれは正に“特性論の考えが
https://x.com/hyoutau/status/2006705451317215558
染み込んで”という類型となっています。
アジサイ @tsuyunoyohira さんは“頭のスイッチを切り替える意識が必要”です。
https://x.com/hyoutau/status/1974508703039807916
私がいくら繰り返し繰り返しあらゆる角度
全方面からエニアグラムをご説明しましても
アジサイさんの理解が一向に
https://x.com/hyoutau/status/1974508796186943635
進まず
https://x.com/hyoutau/status/2006705711527637189
同じことを繰り返している
エニアグラムは類型(タイプ)論ですがアジサイ @tsuyunoyohira さんはそれを特性論の見方で解釈されていて私が何度ご説明しましても“要素を持っている”“性質を持っている”という様な特性論の考えが染み込んでいるご判断を同じことを繰り返されています。
https://x.com/hyoutau/status/2006706406020497560
エニアグラム の九つの 性格タイプ はそれぞれ纏まった一(イツ)ではあるのですがそれは多面的に現象もするその一面だけを切り取ってこれまた多面的に現象する自分の一面と対応させるならばおよそ自分の 性格タイプ を一と規定することなど不可能です。
午後9:37 · 2026年1月1日·41 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/2006706909274059140
それぞれの性格タイプの根源的恐れは固有のものでそして一でもあるので自分がそのどれに当てはまるかが分かれば自分の性格タイプも分かるのですが残念なことになかなかそれを直視出来ない。↓の
午後9:39 · 2026年1月1日·41 件の表示
https://x.com/hyoutau/status/2006707128711700556
https://hyoutau.hatenablog.com/entry/2025/09/02/221448
『エニアグラム 性格タイプ Structural Patterns 構造様式』
自分のkeynoteを掴めれば良いのですがそれにも根源的恐れと同様の問題があります。それでも『性格のタイプ 増補改訂版』〈補遺 発達の諸段階が意味するもの〉のダイアグラムとこの構造様式を吟味することで
https://x.com/hyoutau/status/2006707294780928102
性格タイプ の一面をではなく総体を捉えるよう試みることはそれは 性格タイプ を一として把握し自分の他の全ての 性格タイプ を概念するのに役立つはずではあります。
*)全く伝わらない! 苦闘の記録↑
無意識とは実に驚くべきものでそれは確かに自分のことであるにも関わらず全く意識できないのである。外国に出て初めて自分が日本のことを丸で知らないことに気づいたと異口同音に帰日した人が語っているが勿論外国人よりも日本人であるその人の方が日本のことを知ってはいるしかしそれは意識的にではなかったと云うことで外国人に日本のことを説明できるように勉強してみたりそして日本の良さが分かったともそれも現にその良さに接してはいたわけで意識するようになったと云うこと。また免許を取るために教習所に通うようになり車の操作を習い始めた時の一々これをこうしてのあの調子では先ず運転など出来はしない正に無意識に操作しないと。ことほど左様に無意識にが人に於てのほぼ全てなのであり意識的にの方はほんの一部であるのが実際のところで当然私にも無意識の広大な盲点が
hyoutau.hatenablog.com
ドン・リチャード・リソ & ラス・ハドソン
『新版 エニアグラム【基礎編】自分を知る9つのタイプ』
〈 第一部 内へと向かう旅 〉
〈 第三章 本質と性格 〉
〈 聖なる心理学 〉
56頁 “エニアグラムの教えのひとつは、「自分は性格そのものではない」と気づくこと〜私たちは性格というものを「もち」、性格を通じて自らを表現する「スピリチュアルな存在」〜性格との同一化(一体化)をやめ、それを防衛することをやめれば、奇跡が起きます。本質が自然に表れ、私たちを変容させる”
『The Wisdom Of The Enneagram』
〈 I THE INWARD JOURNEY 〉
〈 3 Essence and Personality 〉
〈 SACRED PSYCHOLOGY 〉
29頁 “Thus one of the most transformational insights that the Enneagram can provide is the realization that we are not our personality. 〜When we begin to understand that we are not our personality, we also begin to realize that we are spiritual beings who have a personality and who are manifesting themselves through that personality. When we stop identifying with our personality and stop defending it, a miracle happens: our Essential nature spontaneously arises and transforms us. ”
我々はその自分の性格を普段は意識などしておらず
ドン・リチャード・リソ & ラス・ハドソン
『エニアグラム【実践編】人生を変える9つのタイプ活用法』
〈 序 〉
〈 光の存在 〉
12頁 “私が見たものは、そこにいるみなが「光の存在」であるというもの〜自分自身を正直に、なおかつ善し悪しを裁くことなく観察し、性格のメカニズムの働きを見るなら、私たちは目覚めることができ、美と喜びが奇跡的に開花する人生となるでしょう”
『The Wisdom Of The Enneagram』
〈 PREFACE 〉
〈 Beings of Light 〉
4頁 “What I saw was that everyone there was a "being of light." 〜If we observe ourselves truthfully and non-judgmentally, seeing the mechanisms of our personality in action, we can wake up, and our lives can be a miraculous unfolding of beauty and joy. ”
hyoutau.hatenablog.com
“私が実際に見たものは〜エニアグラマーの実際(少なくとも私の場合)は 光の存在 目覚め 美 喜び 奇跡 開花 統合 redemptive などではなくてとにかく“ 全く伝わらない! ”なのではないかと”
これであり我の「光の存在」への道遠しでしかしであるからこそのエニアグラムの意義とも云えよう